mudef - Music Design Foundation -

MDGs blog

【MDG7】生物多様性とMDGs

コンサベーション・インターナショナル バイスプレジデント兼日本プログラム代表 日比 保史(ひび やすし)さんに、MDG7「環境の持続的利用」についてご寄稿いただきました。

2010年は国際生物多様性年であり、また10月には生物多様性第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開催されるなど、「生物多様性」という概念が大きく注目された一年でした。その生物多様性がMDG7、そしてMDGs全体の達成にどうかかわり、どのような意味を持つのか、わかりやすく解説していただいています。


 

生物多様性COP10成功の持つ意味

今年10月に名古屋で開催された国連生物多様性条約(CBD)第10回締約国会議(COP10)は、会議前から各国間の対立が大きく、非常に困難な会議になると言われていました。事実、交渉は難航を極めましたが、最終的には名古屋議定書、愛知ターゲット、資金調達戦略など生物多様性の保全と持続的な利用に向けた重要な内容について、国際社会が合意することができました。議長国としてわが国が(珍しく?)リーダーシップを発揮し、この難しい交渉をまとめたことは、十分評価に値しますし、NGOや日本企業の積極的な参加も目を引いた会議でした。

さて、COP10は、MDGsにとっても大きな意味を持つ会議でした。何よりも、MDG7「環境持続性」の中のターゲット7.Bが「生物多様性の損失を2010年までに確実に減少させ、その後も継続的に減少させ続ける」というもので、その目標年に開かれるということでも注目されました。

さらにCOP10の成功は、2009年にコペンハーゲンで開かれた気候変動枠組条約会議の失敗から続く、国際社会として地球環境問題の解決の糸口をみつけられないという流れを断ち切り、2年後に開かれる「リオ+20」会議に向けた国際社会の建設的な交渉姿勢を作りだすという意味でも大きな成功だったといえます。気候変動、生物多様性、砂漠化に関する3つの条約と持続可能な開発に向けたアクションプランであるアジェンダ21を採択した1992年にリオデジャネイロで開かれた「地球サミット」は、まさにMDGsにつながる「持続可能な開発」を打ちだした国連会議でした。COP10の成功は、そのプロセスを「瀕死の状態」から救い出したともいえるかもしれません。

COP10.jpg

(写真1:10月30日未明。COP10合意の瞬間の本会議場の様子。Photo by Yasu Hibi, CI)

 

くらし、産業、経済、文化を支える生態系サービス?

そもそも、生物学的な課題である生物多様性が、なぜMDGsと関係するのでしょうか。以前私は、G8サミットの交渉に携わっていたわが国某省のお役人さんから、「生き物の数が減って何か困ることがありますか?」と言われたものでした。

生物多様性は、確かに生物学上の概念であり、「遺伝子、種、生態系のすべてにおける変異性(多様性)」と定義され、一義的には、「生き物の話」であることは間違いありません。しかし、2007年には初めて生物多様性がG8サミットの議題となり、生物多様性が「社会、産業、生活を支える資本であり基盤である」という認識が国際社会で共有されました。それは、遺伝子、種、生態系レベルでの多様性(=生物多様性)が、人間および人間社会にとって不可欠なさまざまな便益をもたらすことが理解されるようになったからです。この便益を「生態系サービス」と呼びますが、分かりやすくいえば、「自然の恵み」でしょうか。

生態系サービスとは、大気の浄化、水源の涵養、土壌保持、自然災害の緩和、病害虫・疫病の抑制、CO2の吸収・固定、気候の安定、農水産物を含めた生態系の保持、さらには農林水産業・食品・工業製品の原材料や観光資源、そして景観的・審美的価値や宗教的・倫理的価値など、人間が自然界から享受しているさまざまな恵みのことをいいます。私たち人間が生物として生存するのに必要な酸素や水、栄養素、衣食住はもちろんのこと、経済活動や文化の基盤をも提供してくれているのです。

 えび.jpg

(写真2:生態系サービス”を手にするスリランカの漁師。Photo by Yasu Hibi, CI)

 

貧困と生物多様性とMDGs

先進国以上に、生態系サービスに依存しているのが、途上国の人々です。一説には、20億人が生態系サービスに直接依存する生活を送っており、その大半が1日2ドル以下の収入しかない貧困層と言われています。これらの人々は、さまざまな生態系サービス―栄養素循環などの基盤サービス、食糧や木材、繊維、エネルギー源(薪)、薬草などの供給サービス、水資源の浄化や涵養、気候の調整、防災機能などの調整サービス、宗教・倫理に関する価値観や美意識などの文化サービス―にその生活や生計、生存、文化を直接的に依存しているといえます。

また、生物多様性は、地球上に均等に分布しているのではなく、主に熱帯の途上国を中心とした生態系に集中しているという現実があります。途上国の人たちが依存する生態系サービスの供給源としてだけでなく、私たち日本人を含む先進国の人々を支える生物多様性も途上国に多く存在しているわけです。

このように考えると、生物多様性は、MDG7の中のターゲットのひとつではありますが、単にMDG7だけでなく、MDGs全体、そして国際社会全体にとって大きな意味を持つことがご理解いただけるのではないでしょうか。

図表エコシステム.jpg

(出所)「国連ミレニアム・エコシステム評価」「国連MDGsウェブサイト」より筆者作成)

 

MDG7は達成できたのか?

問題は、極めて重要な地球の生物多様性が急速に失われつつあることです。現在、生物多様性の基本的な構成要素である生物種は、約20分間に1種という、恐竜が絶滅した際よりも1000倍も速いスピードで失われつつあるといわれています。この絶滅スピードを2010年までに抑制させようというのがMDG7.Bですが、今年5月に国連が発表した第3回地球規模生物多様性概況(GBO3)では、残念ながら「目標達成のために設定された21の個別目標の中で、地球規模で達成されたものはない。生物多様性を保全する取組は増加したが、その一方で生物多様性への圧力は増加し続けているため、生物多様性の損失は続いている」との評価結果となりました。特に、「貧困層の持続可能な生活、地元の食糧安全保障等を支える生物資源の維持」は、地球規模で達成できず、取り組みの前進も極めて低いとの結論でした。

 

貧困削減に寄与する生物多様性保全

生物多様性の持続的な保全は、以下のような形で、貧困削減そしてMDGs全体の達成に貢献します。これらに地球規模で取り組んでいくことは、今からでも決して遅くありません。COP10では、日本政府は総額20億ドルにのぼる途上国支援である「いのちの共生イニシアティブ」を発表しましたが、ぜひ、このように貧困削減に資する実質的な生物多様性保全の支援に充ててもらいたいと思います: 

 

 生物多様性保全が貧困削減を可能にする
  1. 生計手段・収入機会の増加・多様化: 住民参加型の生態系サービスの持続的管理が達成されれば、自然資源等への住民のアクセス向上、生態系サービスの保全による社会(コミュニティ)資本の向上、地元コミュニティのガバナンス能力の向上、人的資本の向上などに寄与する。

  2. 保健・衛生環境の改善: 貧困コミュニティは、健康・衛生環境を生態系サービスに直接的に依存しているケースが多い(きれいな水、食糧および栄養源、薬等へのアクセスなど)。開発圧力から生物多様性を保全し、持続的に生態系サービスを享受できるような生態系保全・管理を行うことが、地域コミュニティの保健・衛生環境の向上に直結する。

  3. 脆弱性の緩和: 貧困コミュニティほど、インフラや制度整備の不足から、洪水、森林火災、台風、地滑り、津波、気候変動などの自然災害による甚大な影響を受ける。健康な生態系が維持されれば、災害の防御・緩衝となるとともに、生活基盤の安定化により社会不安への脆弱性の改善にも寄与する。

 

 


 

 日比さん顔写真.jpg筆者紹介:

コンサベーション・インターナショナル

バイスプレジデント兼日本プログラム代表

日比 保史 (ひび やすし)

 

 ㈱野村総合研究所、国連開発計画(UNDP)を経て、2003年4月より、国際NGOコンサベーション・インターナショナル日本プログラム代表。生物多様性保全を通じた持続可能な社会づくりを目指し、国際機関、政府、企業等とのパートナーシップ構築に取り組む。特に途上国における貧困削減に資する生物多様性保全の在り方、気候変動と生物多様性の関連性に注力している。現在、JICA社会・環境配慮助言委員会委員、JBIC環境審査役選定委員、環境省クリーン・アジア・イニシアティブ検討委員、緑の循環認証機構評議員、一般社団モアツリーズ評議員、上智大学、早稲田大学、学習院大学などの非常勤講師、CBD市民ネット運営委員、多数の企業のアドバイザー等を務める。著作(共著含む)に「Hotspots Revisited」、「生態学からみた保護地域と多様性保全」、「CSR経営の中に生物多様性保全を組み込め!」「知らなきゃヤバい!生物多様性の基礎知識」など。甲南大学理学部卒業、デューク大学環境大学院修了。