【MDG2】教育が最も行き届かない人たちのために -ユネスコ世界寺子屋運動のチャレンジ-
2011.02.14
社団法人日本ユネスコ協会連盟の木村まり子さんに、教育の普及についてご寄稿いただきました。
世界で読み書きができない人々の中には、紛争や貧困などが理由で、学校で学ぶことができなかった成人も多く含まれています。
そうした、これまで支援の手が届かなかった成人のために学ぶ機会を提供することは、彼らの生活向上につながるだけでなく、教育の重要さを理解し、自分の子どもたちにも教育を受けさせようという意欲を持つことにもつながると期待されています。
成人教育のための取り組みとは何か。
「ユネスコ世界寺子屋運動」を中心に、解説していただきました。
世界の現状 ~15歳以上の6人に1人が非識字者~
2010年のUNESCOの推計によると、世界には就学年齢にありながら学校に通えない児童(6~11歳の子ども)が約7200万人います。また、教育の機会がないために自国の文字の読み書きができない大人(成人非識字者)が約7億5900万人いるといわれています。こうした非識字者の多くは生活の糧のために子どものときから働かなければならなかった、貧しい人びと女性や少数民族、さらには戦争や紛争の犠牲になった難民の人たちです。成人の非識字者のうち3分の2は女性であるといわれています。
日本ユネスコ協会連盟(※1)では、EFA(Education for All)(※2)ゴールの達成に向け、すべての人への教育を保障することで、貧困の連鎖を断ち切り、地域の発展や地域の平和構築に貢献できる人材を育んでいこうと、1989年、市民参加型の国際協力活動として「ユネスコ世界寺子屋運動」を開始しました。1990年の国際識字年を目前に控えてのことです。
人は教育を受けることで、さまざまな情報が理解できるようになり、生活力を高め、安定した収入を得る仕事に就きやすくなります。初等教育の普遍化がミレニアム開発目標(MDGs)の中でも謳われているように、いま世界では学校建設などを通じて公教育を普及させ、子どもの就学率を上げさせようとする動きが盛んです。しかしながら、非識字者のほとんどは、紛争や貧困などさまざまな理由で公教育からもれ続けてきた大人なのです。世界寺子屋運動ではこのように国際的な支援の手が行き届きにくい人たちを対象に、寺子屋(CLC:Community Learning Center=地域学習センター)を拠点にノンフォーマル教育を提供しています。

(インドの寺子屋 ⓒ日本ユネスコ協会連盟)
貧困のサイクルからの脱却と地域の自立を目指した支援
発展途上国には“貧困のサイクル”から抜け出せない社会構造が存在します。この悪循環を断ち切る方法のひとつが識字教育です。世界寺子屋運動は、単に文字の読み書きを学ぶ機会を提供するだけでなく、非識字者を含む地域の人びとが継続的に生活の質を向上できるように、生活に役立つ知識や、収入向上につながる技術訓練や小口融資なども行っています。これら一連の活動こそがノンフォーマル教育です。
現在、非識字者の7割が暮らすアジアに焦点を絞り、5カ国(アフガニスタン、インド、ネパール、カンボジア、ラオス)において、教育を受けることで人びとが自立していく過程を、地域学習センター(CLC)の設立と運営を通して応援しています。CLCは、公立の学校とは異なり、基本的に地域の住民によって設立、運営されています。また、特定のカリキュラムを持たず、地域のニーズに基づきさまざまなプログラムを実施しています。世界寺子屋運動の支援が終了した後もCLCが地域の活動拠点として存続し続け、村の発展や自立に寄与していくことを目指しているため、世界寺子屋運動はハード支援(建物づくり)よりも、ソフト支援、特に教育活動や人材育成に重きを置いて活動を行っています。

(カンボジアの寺子屋の様子 ⓒ日本ユネスコ協会連盟)
世界寺子屋運動 20年の活動の成果
支援先の国家予算の配分や国際支援の介入が少ないノンフォーマル教育活動を推進する中で、私たちが直面した課題は多々あります。それでも、20年にわたる地道な活動を通して、世界寺子屋運動は43カ国1地域を対象に約10,000の寺子屋を設立、合計124万人もの人びとに教育の機会を提供し、CLC活動を通じて地域社会に変化をもたらしてきました。今回は、世界寺子屋運動実施のため、私自身が現地駐在をしていたアフガニスタンでの活動事例の中から成果のいくつかをご紹介します。
~「女子教育反対」の壁を乗り越え~ 男性への識字教育がもたらした変化
2003年から数年間、世界寺子屋運動の活動実施のため、アフガニスタンのカブール事務所に勤務していた時のことです。支援先のひとつであった、パルワン県センジットダラ村では、地域コマンダー(元軍事司令官)らが、村の女性に対する教育普及に猛反対していました。女子教育を一切禁じていたタリバン政権時代の風習を受けてのことです。そこで私たちは最初の1年間、この村において女性を対象とした教育活動は展開せず、男性を対象としたCLCでの識字教育並びに技術訓練事業に特化して支援を行いました。すると1年後、あれだけ猛反対していたコマンダー自らが「そろそろ女性向けの教室を始めてくれないか。妻や娘にもぜひ勉強させたい」と提案してきたのです。「ただし、女性たちが村の他の男性の目にさらされないように、民家を使った識字教室を開講してほしい。」このコマンダーの言葉に後押しされ、私たちは民家を使った女性向けの識字教室支援に乗り出しました。女性への識字教育を提供するこの民家スタイルの寺子屋は、今もアフガニスタンの3地域(カブール、パルワン、バーミヤン)で広がり続けています。

(アフガニスタン・民家寺子屋の女性識字クラス ⓒ日本ユネスコ協会連盟)
~学習者が先生に!~ 学びの連鎖 <アフガニスタン・シバさんの場合>
アフガニスタンの農村地域における女性の成人識字率は、いまだ10%にも満たないといわれています。カブール県イスタリフ村に暮らすシバさん(21歳)は、幼少期に学校に通った経験がなく、14歳の時に初めて村にできた民家の寺子屋で文字の読み書きを習いました。通い始めた当初から識字教室の先生に「この村にはまだ1人も女性の先生がいないから、あなたがその第一号になれるように頑張りなさい」と励まされ続けたシバさん。寺子屋で7年間にわたって勉強を続けた結果、晴れて中学一年生への編入が決まった彼女は、この村でまだ文字の読み書きができない他の女性たちのために識字の先生を始める決意をしました。シバさんはいま、中学校に通いながら放課後に自分の家で寺子屋を開き、同じ地域に暮らす18名の女性を教えています。

(シバさん ⓒ日本ユネスコ協会連盟)
~学ぶことに年齢制限はない~ 50歳で識字者に <アフガニスタン・ナビさんの場合>
これまで長く続いてきた紛争や貧困が理由で、一度も教育を受けることができず、50歳まで非識字者だったカブール県イスタリフ村のナビさん。2003年、自分の村にアフガニスタン第1号のCLC(寺子屋)ができた時、年齢に関係なく学びたい意欲のある人が学べる場所であることを聞きつけ、通うことを決意。自分よりもはるかに若い学習者たちに交ざり、CLCで生まれて初めて文字の読み書きを学びました。人に助けてもらわなくても手紙や新聞に書かれていることを理解できるようになり、市場での買い物も不安なくできるようになったというナビさん。学ぶことの大切さを他の人にも伝えたいと、CLCの運営委員になることを決意し、現在も地域のために精力的に活動しています。
(ナビさん ⓒ日本ユネスコ協会連盟)
2015年に向けて ~私たちが取り組むべきこと~
MDGsでは、〔ゴール2:初等教育の完全普及〕の中で「2015年までにすべての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする」ことを目標にし、その指標のひとつとして15~24歳の識字率を掲げています。世界寺子屋運動は、公教育を受けることのできない子どもたちだけでなく、学校に通えず、または中途退学したまま大人になった人たちへの識字教育普及に今後も力を入れていきます。教育を受けた親が子どもに与える影響は大きく、成人の識字率の高さこそが、子どもの初等教育の修了にもつながっています。また、私たちは、単に識字教育を提供するだけでなく、CLCという地域の活動拠点づくりを支援することによって、人びとが持続的に自分たちの地域を発展させていけるように、人材育成やネットワークづくりにも力を入れていきます。

(アフガニスタン・イスタリフ村民家寺子屋で学ぶ子どもたち ⓒ日本ユネスコ協会連盟)
※1 日本ユネスコ協会連盟 http://www.unesco.jp/
「戦争は人の心で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と謳うユネスコ憲章の理念に賛同し、UNESCO加盟運動を始めた日本の人びとによって、1947年に設立された非政府組織(NGO)。現在、全国に271のユネスコ協会があり、「世界寺子屋運動」、「世界遺産活動」、「青少年育成」の三つの事業を柱に、各地域の人びととともに多岐にわたるボランティア活動を行っています。
※2 万人のための教育(EFA:Education for All)
今なお世界中では、「読み・書き・そろばん(計算)」といった基礎教育を受けられない立場にいる人々が多くいます。「EFA(Education for All)」とは、各国が協力しながら、MDGsに基づき、2015年までに世界中の全ての人たちが初等教育を受けられる、字が読めるようになる(識字)環境を整備する取り組みのこと。現在、ユネスコが中心となって、ユニセフ、世界銀行等の国際機関や、各国政府機関、NGO等も協力しています。
http://www.mext.go.jp/unesco/004/003.htm
著者紹介:
木村 まり子(社団法人日本ユネスコ協会連盟 教育文化事業部 職員)
神田外語大学英米語学科卒。カナダのビクトリア大学にて「異文化間教育」を勉強する傍ら、ビクトリア日本語学校にて教師を務める。帰国後2000年より日本ユネスコ協会連盟に勤務。世界寺子屋運動の事業実施のため、2003年~2006年までアフガニスタンのカブール事務所、2006年~2008年までカンボジアのシェムリアップ事務所に駐在。現在は東京を拠点にアフガニスタン、カンボジア、ラオスの3カ国を担当。






