【MDG2】ネパールの教育開発の現場から
2011.03.09
一般財団法人国際開発センター理事の石田洋子さんから、MDG2「初等教育の完全普及」に関してご寄稿をいただきました。
石田さんはネパールで、初等教育普及のためのプロジェクトに関わってこられました。ネパールでは、小学校への純就学率は93.7%、完全普及となる100%まではあと6.3%とされています。しかしその6.3%の子どもたちが学校に通えるようにするためには、学校だけではなく、さまざまなアクターを巻き込む取り組みが必要です。
現地の人々とともに取り組むことを通じて見えてきた、解決の糸口について語っていただきました。
2010年12月6日から10日まで、ネパールの首都カトマンズ中心部に位置する教育省の会議室に、教育省行政官に加えて、ネパールの教育関係者(教員組合代表)、ネパールの教育分野に対して援助を行っている世界銀行やアジア開発銀行、UNICEFなど国際機関の代表、JICA及び在ネパール日本大使館(日本)、DFID(英国)、DANIDA(デンマーク)など二国間援助機関の代表、Save the ChildrenやWorld Educationなど国際NGOの代表など約50名が一堂に会し、年一回のドナー調整会合が開催された。私もJICA支援による技術協力「ネパール国小学校運営改善支援プロジェクト」のチームリーダーを務めており、JICA側のメンバーとして連日の会合に参加した【注1】。
5日間にわたって行われたドナー調整会合では、ネパール教育省によって実施されているセクター・プログラム(School Sector Reform Plan)【注2】について過去1年間の活動状況、目標の達成見込みが、教育省担当者から報告された。続いて、教育関係者及び援助機関の代表者たちを交えて、目標達成へ向けての問題点と原因、今後の具体的な対処方針について熱心な議論が行われた。
未就学の子どもたちを就学させるために
ネパール教育省「ネパール学校教育統計報告書2009年版」によると、ネパールの2009年における初等教育(1年生から5年生)の純就学率は93.7%(男子94.7%、女子92.6%)であり、初等教育就学率100%達成まであと6.3%と報告されている。同報告書によると、ネパール全国で初等教育の就学年齢にあたる5歳から9歳の子どもは約346万5千人いると推定され、そのうち公立または私立の学校に通っている子どもは約324万5千人とされる。つまり約22万人(6.3%)の子どもたちが未就学の状態にある。
(ヒマラヤ山間部の学校に通う子どもたち 提供:石田洋子さん)
この未就学の約22万人の子どもたちには、
1)家庭が非常に貧しく家族の手伝いをしなくてはならない子どもたち、
2)ヒマラヤ山岳地域に住んでおり学校へのアクセスが非常に厳しい子どもたち、
3)何らかの障がいをもっていて学校へいくことが困難な子どもたち、
4)少数民族に属していて学校に行っても言語が異なり授業が理解できない子どもたち、
5)低カーストであるため差別を受けて学校にいくことが阻害されている子どもたち
が含まれており【注3】、彼らを学校に通えるようにすることは容易ではない。物理的な要因だけでなく、経済的、社会的な要因がかかわっており、多面的な解決が必要とされる。

(様々なエスニックグループの就学を推進する教育省のポスター)
最後の6.3%の子どもたちを学校に行かせるために、前述の様々な援助機関からの支援を受けつつ、ネパール教育省では、セクター・プログラムを通して、就学前教育及び初等教育施設の建設、各学校の水供給施設やトイレの整備、教員養成と再研修、ノンフォーマル教育の強化、女子や低カーストの子どもたちに対する奨学金の提供、学校給食の提供、コミュニティ参加を通した未就学児童の保護者に対する啓発活動などを行っている。
例えば、私が担当しているJICA技術協力プロジェクト「小学校運営改善支援プロジェクト」では、ネパール教育省と協力しながら、地方の教育行政官、学校の校長先生やPTA、地域住民から構成される学校運営委員会、児童代表とともに、各学校の現状を話し合って、優先度の高い改善活動を選んで、学校改善計画を作成することから活動を始めている。
ネパールでは、伝統的に住民は自分の村に学校を作ることに積極的に参加してきたが、一旦学校ができると、その運営は学校に任せるべきと考える傾向が強く、学校運営にはほとんど関与してこなかった。しかし、プロジェクト活動を通して学校改善計画を作るために学校の現状を知り、問題を話し合うにしたがって、未就学の子どもたちが学校に行けるようにするには地域住民の協力が必要なこと、そして学校で提供される教育の質を高め、子どもたちの出席率を高めるには、コミュニティが責任をもって学校の様子をモニタリングすることが重要であることが住民に理解されるようになった。
(住民たちによる学校運営改善活動に対する話し合い 提供:石田洋子さん)
さらに、これまでは「お金がないから学校教育をよくできない」と考える傾向が強かったが、住民による学校モニタリング活動などによって少しずつ出席率や授業の質などに改善が見られるになった。それによって、必ずしもまとまった資金がなくとも自分たちの力で自分たちの学校をよくすることができることも理解されるようになった。
教育の質の向上を目指す
とはいえ、教育省や住民たちの努力によってMDG2の普遍的初等教育が一旦は達成されたとしても、学校で提供される教育の質が確保されなければ、就学率はまた低下してしまう。
1)カリキュラムを現実に合った実際的なものとすること、
2)教科書や教材を新学年度が始まるまでに配布すること、
3)英語を中心とした授業とするか(就職等に有利)、ネパール語とするか、或いは各エスニックグループの言語を尊重した授業とするかを検討すること、
4)教員からの一方的な詰め込み型授業ではなく、体罰等をなくして児童中心型の授業とすること、
などなどネパールの初等教育の質を改善するには課題は多い。
(熱心に算数の授業を受ける小学校3年生のクラス 提供:石田洋子さん)
ネパールの2008年度の初等教育の純就学率は、91.9%(男子93.2%、女子90.4%)に比較して、2009年には1.8%の増加となった。その増加率は決して高くない。先日のドナー調整会合において、教育省は「2015年までに就学率100%の達成は可能」と報告したが、教育省が自国の教育現場が抱える課題をはっきりと認識し、援助機関の支援を効率的に活用しながら、学校や住民と協力して地道に努力を続けることが唯一の解決の道と考えられる。
ネパールでは、1996年から2006年までの10年間にわたってネパール政府とマオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)間で紛争が続き、13,000人が犠牲になった。2006年に包括的和平協定が結ばれ、現在は制憲議会のもとで憲法改定が進められている。ネパールの国民の間には、二度と紛争を起こさないためにも、紛争の原因となった貧困や格差を軽減するためにも子どもたちによりよい教育を受けさせたいとの要望が強い。
日本の援助方針変更により、ネパールでの小学校運営改善支援プロジェクトは2011年2月で終了となる。ネパールの教育現場から離れるのは非常に残念であるが、こうした国民の願いに応えるためにもネパール教育行政や学校の努力が、ゆっくりではあっても着実に成果につながっていくことを心より願う。
注1: JICA技術協力プロジェクト:JICAの専門家の派遣、研修員の受入れ、機材の供与という3つの協力手段(協力ツール)を組み合わせ、一つのプロジェクトとして一定の期間に実施される事業のこと。詳細はhttp://www.jica.go.jp/project/から。
注2: 被援助国が策定する分野(セクター)別の開発計画を「セクター・プログラム」と呼びます。JICAでは、実施のために、被援助国の合意のうえ、見返り資金を集中的に活用する「セクター・プログラム無償」が行われています。
注3: ネパールでは、首都カトマンドゥに住む多数派民族パルバテ・ヒンドゥー」や北インド系民族を中心に、カースト制度が独特な形で残っています。カースト(身分)によって異なるコミュニティで生活し、同じカースト同士としか結婚しない地域、カーストによって職業が決まっている地域、高カーストの子どもが低カーストの大人を呼び捨てにする地域、などが残っています。
著者紹介
石田洋子
一般財団法人国際開発センター 理事(調査研究・評価担当)
東京大学大学院新領域創成科学科より博士号(国際協力学)取得
日本評価学会理事。
東京大学、東京外国語大学等で非常勤講師を務め、現在、放送大学で面接授業講師を務める。
JICA技術協力「ネパール小学校運営改善支援プロジェクト」、「ネパール国モニタリング評価システム強化プロジェクト」、「マラウイ国全国地方教育計画策定支援計画」等のチームリーダーを務める。
「PCM手法の理論と活用」、「大学テキスト国際協力論」執筆に参加。編著書に「アフリカ政策市民白書」、「アフリカに見捨てられる日本」、「アフリカにおける貧困者と援助」等。





