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**事務局長ブログ** 善悪の彼岸

昨年来観たかったにもかかわらず、上映期間に気づかず見逃した映画がある。

「アクト・オブ・キリング(THE ACT OF KILLING)」。1960年代のインドネシアで起きた100万人規模の大虐殺の当事者たちに「自分たちがやった殺害行為」を再現してもらうという前代未聞の手法を使って話題となった。公開直後にはその手法の賛否をめぐる議論も起きている。

映画作家ジョシュア・オッペンハイマーがもともと人権団体の依頼を受けて制作を開始した映画だ。当初は虐殺の被害者のインタビュー映像の予定が、被害者への接触を禁じられたことから、虐殺の実行者たち自身が「自分がやったことを再現させる」という前代未聞の展開へ突き進む。

なんでまた、という疑問だらけの中、カメラの前で彼らはどのように当時を語り、そして自分の行った行為を見直していくのか。その展開は、最後まで私自身の想像を超える内容だった。

 

インドネシアで起きた虐殺事件

映像で取り上げる虐殺事件について、恥ずかしながら私自身は詳しく知らなかった。

元々は1965年に、当時のスカルノ大統領親衛隊の一部が、陸軍トップの6人将軍を誘拐・殺害し、革命評議会を設立したが直ちに粉砕されたというクーデター未遂事件「9・30事件」に始まる。クーデター未遂事件の背景には経済政策の失敗による社会の混乱やマレーシアとの対立により国際連合脱退まで至った外交的孤立、さらに国内で国軍と共産党の権力闘争も背景にある。

事件は、首謀者の処罰に留まらず、事件に関与したとして共産主義者、約50万の人々、特に40万の中国系の集団虐殺が起きた、20世紀最大規模とも言われる事態となる。50万人とも300万人とも言われている虐殺は、現在でもタブー視されている「事件」でもあった。

映画で自らの虐殺を微に入り細に入り再現するのが、この共産党狩りの現場で大きな役割を果たした、「プレマン」と呼ばれる民兵だ。今なお国民的英雄としてまつられ、町でも力を持つ存在となっているプレマンたちにとって、過去の事件は自慢すべきことであり、孫や子どもに見せても問題が無い良い思い出だ。

この映画を観ていて感じたのが、一定の特殊な環境下において、人は無感覚に人を殺せる、という事だ。その人を殺している、という感覚を麻痺させる要因は、一概には言えないが、映画が取り上げるインドネシアの虐殺の場合、一定の緊張状態に置かれ、そして簡潔な「怪しい人間を殺せ」という命令が下されることで、自身の行動が正当化されていることが挙げられる。命令が簡潔であればあるほど、複雑な理由などないからこそ、単純に、殺害という選択肢を選べたのかもしれない。

それは決して、規律的かつ血生臭さもなく殺害行為が行われていることを意味しない。

かつて湾岸戦争の際、戦争がゲーム化しているということが指摘された。画面に映し出される、まるでハリウッド映画のような砲弾の光は、「人を殺している」という血生臭さを払しょくし、だからこそ無感覚に殺せるのだ、という議論もあった。しかし実際にインドネシアでは殺される人間と殺す人間は相対して殺す、きわめて近い関係にあった。プレマンたちは、「殺せ」という簡潔な命令のもと、楽しみながら殺害を行っていたと回想する。映画を観た後、煙草に火をつけ、好きな女性に声をかけ、軽くステップを踏みながら、誰かを今まさに殺害している仲間をからかいながら。

善悪の彼岸

善悪の彼岸という言葉がある。

元々は哲学用語だが、私はこの映画を観たときに、思い起こした。

映画では、虐殺場面の再現にあたって、彼ら自身も殺害される役割を演じることになる。その時に初めて味わう死の恐怖。取調室での絶望感。命乞いすらできない絶体絶命の状況。殺される役を演じたプレマンが流した涙は、本物だった。嘗ての国民的英雄が、初めて自分が何をしたのか、考えた瞬間だ。

映画のテーマは様々に受け止められるのだろうが、私は善悪の判断を放棄すること、その恐怖を挙げたい。プレナン達は自分たちは命を奪っているのだ、という事実を受け止めることを放棄した。その結果、再現行為を通じて自分自身が行った事態の大きさに、40年を経て対面せざるを得なかった。人を殺す是非の判断を放棄した罪の代償は大きい。

だがこれは決して特殊な話ではない。

以前大学生に「良く分からないし、勉強したことが無いから投票には行かない」と言われたことがある。自らが持つ選挙権を自ら放棄したわけだ。社会と自分のつながりを見いだせないこと。選挙に行かない、政治に興味が無い、社会の動きはどうでもよい。判断を回避し、自分の決定権を放棄するつけは必ず自分に返ってくる。

「これが悪の正体なのか?」映画の宣伝で使用されたフレーズだ。

悪の正体、それは私たち自身の無関心にある。

 

アクト・オブ・キリング(THE ACT OF KILLING)の公式HP http://www.aok-movie.com/

  • 監督:ジョシュア・オッペンハイマー
  • 製作:シーネ・ビュレ・ソーレンセン
  • 匿名/共同監督ほか
  • 共同監督:クリスティーヌ・シン
  • 製作総指揮:エロール・モリス/ヴェルナー・ヘルツォーク/アンドレ・シンガー
  • 製作国 :イギリス/デンマーク/ノルウェー

 

文責:長島美紀(mudef事務局長)